読書録

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戦争の条件

戦争の条件 (集英社新書)

戦争の条件 (集英社新書)

国際政治をめぐる論点を、問いに答える形で考えていく内容で、久しぶりに知的刺激を受けることができた。安倍総理靖国参拝尖閣竹島北朝鮮の核開発をめぐる問題など、さまざまな現実的な課題がある中で、著者が最後に言及しているように、「私が確実に言うことができるのは、戦争に頼ることなく国際平和を維持する条件を探ることがもっとも重要であり、不要な戦争は絶対に避けなければならないということだけだ。…軍事力による威嚇や武力行使に頼らなくても平和と人権保障をともに実現するためには、どのような方法があるかという点にあるからだp189」という点は、全くその通りだと思う。


本著の概要については、出版した集英社のサイト⇒ http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0686-a/


かつて国際政治を学んでから相当な時間が流れたが、『パワーと相互依存』の原著などを読み議論していた当時を思い出した。著者は、無政府状態としての国際政治という見方をリアリズム、国際的な価値と制度の共有と拡大に注目する見方をリベラリズムと呼ばれ、争い続けるのが学問分野の実際(p35)と指摘しているが、今は亡き当時の恩師の言葉を思い出すと、あくまで『リアリスト』として現実の国際政治を見つめながら、リベラリズムを模索していたように思う。カール・シュミットの友敵理論からハンス・モーゲンソーのパワー権力均衡、マックス・ウエーバーの政治論、細部は忘れてしまったけれど、大きな歴史的流れを考えると、民主化と平等化が進む中で、国際政治も変容していく中で、いかに平和が維持できるのかを考えていたように思う。すべてhalf truthという言葉を良く話されていたが、著者にも同じような姿勢を感じることができ、懐かしさを覚えた。


本著で印象に残ったポイントの引用を以下に。
◇p9「これが正しい、あたりまえだと決めつけることほど国際政治で危険なことはない」
◇政府による保護を期待できない国民に対して、諸外国はその国民を保護する責任を負うという主張が、2006年4月の国連安全保障理事会決議1674号で正式に認められたp24
◇国民が平和を求め民主化は世界平和を広げる機会になり、安定した民主主義国の間で戦争は歴史上存在しないというブルース・ラセットらの理論については、湾岸戦争以降のアメリカが軍人よりもシビリアンが戦争を積極的に推進するという現象もある。民主主義と国際関係のどちらを選ぶかという選択に意味はなく、「国民の政治行動を慰撫しながら、国際関係の不安定を招くような選択をどのように回避するのかという点にある」p64〜77
◇p120「領土要求が戦乱を招く可能性があるとき、その懸念を避けるために問題を先送りにする行動は十分に合理的である」
◇p140「日本の場合、政府が戦争責任を認め、公式の声明を繰り返しても、国内における反対派の行動によってその効果が失われてしまう。中国の場合は、戦争責任を認めた日本政府と安定した関係を保とうとしても、そのような妥協に挑む対日強硬派によってその政策が壊されてしまう。そしてどちらの側も、問題が悪化した責任を相手に求めるのである。…政府ばかりでなく国民が、国境を越えて戦争認識を共有しなければ出口は見えない…憲法改正河野談話の否定は、どちらも占領によって失われた『国民の正義』の回復として進められてきた。…日本をめぐる歴史展開のなかには、ナショナリズムと結びついた歴史認識を見ることできる。(欧米ではナチズムに対する普遍主義的な人権思想や自由主義)」
◇(現実の事例は民族や国民の境界は時代によって変化するのに)p164「ナショナリズムほど鮮やかに組織的な自己欺瞞に成果を収めた政治イデオロギーは存在しない。どれほどウソに基づいているとしても、当事者にはそのウソは見えないのである」
◇(戦争を起こさない条件とは)リアリズム(軍事力の均衡)、絶対平和主義(軍事力の放棄)、戦争の違法化の3つの立場のうち、国連が想定する戦争の抑制も3つ目の立場で、理想主義と現実主義を折衷した対応がとられるp180


{1/11-12読了、記入は18}