サイトのPRから)ロシア帝国やソヴィエト連邦のもとで長く忍従を強いられながらも、独自の文化を失わず、有為の人材を輩出し続けたウクライナ。不撓不屈のアイデンティティは、どのように育まれてきたのか。スキタイの興亡、キエフ・ルーシ公国の隆盛、コサックの活躍から、一九九一年の新生ウクライナ誕生まで、この地をめぐる歴史を俯瞰。人口五〇〇〇万を数え、ロシアに次ぎヨーロッパ第二の広い国土を持つ、知られざる「大国」の素顔に迫る。
ヤルタ会談 スキタイ 屋根の上のバイオリン弾き
ⅳモスクワから勃興してきた国が後に大国となり、ロシアと名乗ってキエフ・ルーシを継ぐ正統の国家と称したため、ウクライナの歴史は、「国がない」民族の歴史となったのである。・・ロシアに併合された後も、ウクライナはロシア史の中で経済的、文化的に重要な役割を果たしてきた。p5:スキタイ人の建国伝説 王権を正統化する黄金の鋤すき、軛くびき、戦斧せんぷ、盃さかずき が天から降ってきたとの話に関して、神話学者の大林太良氏、吉田敦彦氏らが、スキタイ神話が朝鮮半島を経由して日本まで伝播した可能性を指摘し、スキタイの器物が日本の皇統を正統化する三種の神器に対応するのではないかと推測しているのは興味深いp235:フメリニツキーのウクライナ独立への夢が350年を経てようやく現実のものに
昨夜11月19日(土)、映画『ナリヌワイ』を視聴したが、このときはまだ、ロシア国内で抗議行動なども行われていた。ロシア、中国とも権威主義が強まる中、どうしたらウクライナに平和を戻すことができるのか、考えさせられる。
{2022/10/19水-11/4金:読了、記入は11/20日④18:55}