読書録

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『日本語は死にかかっている』 林望 著

著者名検索で170件も出てきたのは驚いたが、「リンボウ」先生の本を読んだのは、今回が初めて。この本は、日本語論ではあるけど、むしろ、対人関係を円滑にするためのコミュニケーション論としても読むことができる。等身大の自分を受け入れ、自己批判はいいけど自己否定はしない、優越感も劣等感もごまかさず、謙遜的傲慢になってもいけないなど、最近あることで、自らが自己否定的な考え方に陥りそうになっていただけに、参考になりました。


(目次ー引用)
序章 日本語は死にかかっている;
p9:(テレビの普及で方言が聞けなくなったことで)四十年の間に、いともやすやすと人々を教育してしまったということからすると、テレビに代表される、いわゆるマスコミの、おそるべき教育効果が想定されるわけである。←ポピュリズムに毒されている


第1章 紋切り型という低俗;
p38:「汚いことば」と「意味のないことば・内容のないことば」「志のないことば」これらをひっくるめて、いま日本語が悪くなっている、と感じるのである。私の問題意識はそこにある。
p42:言葉を紋切り型の退屈さから、自身の内面へと、もどしてやるべきだということである。


第2章 保身はことばの品性を汚す;
p46:(欧米で発言の時に原稿を読むのは自分が内容がない人間と公表しているようなもの)人前で話す時は、原稿など決して読まないのがまともな人間のやりかたなのである。


第3章 偉ぶる男は卑しい男;
p64:いやしくも「美しいことば」の使い手となろうと思うのならば、少なくともそういう相手を罵るようなことは言わないほうがいい。
p75:「一流の人は偉ぶらない」と、私はいつも思うのである。


第4章 冗舌は駄弁の始まり;
p94:私は文章論をいくつか書いているけれども、そこで常にもっとも強調していることは「文章の客観性」ということである。自分だけが面白がって書いている文章は、つまらない。・・相手を面白がらせようと思って書いている文章が面白いのだ。
p99:会話の要諦は・・たえざる勉強だ(←インタビューで事前勉強をしてこないとダメという事例を紹介)


第5章 上品ぶるという下品;
p115:等身大の自分を受け入れて、そこから発想することが望ましいのである。


第6章 身ぶり口ぶりもことばのうち;
p133:人は自動的に、「あ、この人感じよい」と思ったらその人の言うことにも耳を傾ける。
p136:一番大切なことは、明るい表情をしていることが大切だと思うのである。
p157:仮にどんなに「こんちくしょう」と思っても、すぐには反駁しないということが肝心である。
p163:一番大切なのは、等身大のことばで、まっすぐに正直に話すということであって、そうするとやはり憎めない感じがして、可愛げが感じられる。


第7章 恥ずかしい、卑しい、いやらしいことば;
p182:下品なアクセント←「ドラマ」や「ドラム」「クラブ」など(低ー高ー高)の尻上りいっつけ型が多いが、本来は(高ー低ー低)で、若い者に迎合することはない。


第8章 聞く力こそ話す力;むすび 美しい話し方への第一歩
p230〜今日からできること→流行語や紋切り型表現を使わない、
美しい話し方は「姿」から→聞いてもらうには身だしなみを整えて「感じが良い」と思われること、
話すときの心がけ→等身大の自分を受け入れ、実際よりよく見せようとしない。
相手あっての会話→自分と相手の関係性をつねに考えながらことばを選び、自分が十話したいことの一だけにしておき、あとの九を相手に話させるくらいがちょうどよい(抜粋)


{地区センターから3/28借り4/8読了、記入は11}