読書録

読書整理用のダイヤリーから移行しました19/1/26土~

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

自分はなんでこんなにダメなんだ、と思うことがあり、それでも何か良いところがあるから、自信をもっていいんだよ、生きていけばいいんだ、と語りかけてくれたような気がする。ストーリーは、主人公のつくると沙羅が、最後、どうなったかわからないなど曖昧な点が多々あるけど、著者の作品としては比較的わかりやすく、メッセージ性も感じさせられた。いろいろ思いを馳せながら、とても心に残る内容でした。

それにしても、設定の「名古屋市郊外の公立高校」「中の上のクラス家庭の子供」というのが、何ともイメージが重なりすぎて、うなってしまった。


出版した文藝春秋のサイト⇒ http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163821108


印象に残った言葉を引用
◇主人公)
p13:人に誇れるような、あるいはこれと示せるような特質はとくに備わっていない。少なくとも彼自身はそのように感じていた。すべてにおいて中庸なのだ。あるいは色彩が希薄なのだ。
p39:自分が他人にとって取るに足らない、つまらない人間だと感じることが多くなったかもしれない。
p123:自分の中には根本的に、何かしら人をがっかりさせるものがあるに違いない。色彩を欠いた多崎つくる、と彼は声に出して言った。結局のところ、人に向けて差し出せるものを、おれは何ひとつ持ち合わせていないのだろう。
p169:僕は昔からいつも自分を、色彩とか個性に欠けた空っぽな人間みたいに感じてきた…(中略)…空っぽの容器。無色の背景。これという欠点もなく、とくに秀でたところもない。…(中略)…みんなの心を落ち着けていた?
p231:人生を順調に、とくに問題なく歩んでいる。(名のある大学を卒業、就職し安定した仕事で評価され上司からも信頼、経済的な不安もない、マンションをもちローンもない、金のかかる趣味がなく使わない・・・)
p232:これまでの人生において、不足なくものを手に入れてきた。欲しいものが手に入らずつらい思いをした経験はない。しかしその一方で、本当に欲しいものを苦労して手に入れる喜びを味わったことも、思い出せる限り一度もない。(高校で巡り合った友人4人が最高の価値があるもの)


◇(レクサスは意味がないが見栄えの良い言葉}「産業の洗練化」p176


◇アカp205「まるで航行している船の甲板から、突然一人で夜の海に放り出されたみたいな気分だ」←つくるp289(同様の言葉のあと)「誰かに突き落とされたのか、それとも自分で勝手に落ちたのか、そのへんの事情はわからない」…(中略)恐怖心…「自分の存在が出し抜けに否定され、見に覚えもないまま、一人で夜の海に放り出されることに対する怯えだよ。たぶんそのために僕は人と深いところで関われないようになってしまったんだろう。他人との間に常に一定のスペースを置くようになった」


◇高校時代について)
・沙羅p40「記憶をどこかにうまく隠せたとしても、深いところにしっかり沈めたとしても、それがもたらした歴史を消すことはできない」「歴史は消すことも、作り変えることもできないの」←p287つくる「記憶に蓋をすることはできて。でも歴史を隠すことはできない」
・沙羅p209「だからあなたたちは、性的な関心をどこかに押し込めなくてはならなかった。五人の調和が乱れなく保つために。その完璧なサークルを崩さないために」
・オルガp254「高校時代の友だちというのは得難いものです」
・エリp294「今だから打ち明けるけど、私は君のことがずっと好きだった。異性として強く心を惹かれていた」


◇生き方について)
・つくるp302「そして君はここで必要とされている」
・p307:そのとき彼はようやくすべてを受け入れることができた…(中略)…人の心と人の心は調和だけで結び付いているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。…悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を地面に流さない赦しはなく、痛切な喪失を通り抜けない受容はない。それが真の調和の根底にあるものなのだ。
・エリp315「生きている限り個性は誰にでもある。それが表から見えやすい人と、見えにくい人がいるだけだよ」
・エリ★p321「私たちはこうして生き残ったんだよ。私も君も。そして生き残った人には、生き残った人間が果たさなくちゃならない責務がある。それあね、できるだけこのまましっかりここに生き残り続けることだよ。たとえいろんなことが不完全にしかできないにしても」
・エリp323「君はもっと自信と勇気を持つべきだよ。だって私が君のことを好きになったんだよ。いっときは君に自分を捧げてもいいと思った…(中略)…君にはそれだけの価値がある。ぜんぜん空っぽなんかじゃない」「自分自身が何であるかなんて、そんなことは本当には誰にもわかりはしない…(中略)…それなら君は、どこまでも美しいかたちの入れ物になればいいんだ。誰かが思わず中に何かを入れたくなるような、しっかり好感のもてる容器に」
・エリ★p328「君に欠けているものは何もない。自身と勇気を持ちなさい。君に必要なのはそれだけだよ。怯えやつまらないプライドのために、大事な人を失ったりしちゃいけない」
・p356:よく考えてみればこれまでの人生で、向うべき場所をはっきり持っていたことがただ一度だけある」(東京の大学に入り鉄道駅の設計を学ぶため必死に勉強した。具体的な目標があれば心血を注ぎ力を発揮できる新しい発見)
・p368:★人生は長く、時として過酷なものだ。犠牲者が必要とされる場合もある。誰かがその役をつとめなくてはならない。そして人の身体は脆(もろ)く、傷つきやすく、切れば血が流れるように作られている。
・p370:★「僕らはあのころ何かを強く信じていたし、何かを強く信じることのできる自分を持っていた。そんな思いがそのままどこかに虚しく消えてしまうことはない」
←少し引用しすぎたかも知れないが、“つくる”が“新たな発見”をして、思いを前向きにしたように、どこかにあった自分の原点を思い起こしながら、生き続けていきたいと思う。最近ふたたび、大学の友人の一人が、すでに亡くなっている可能性について知った。クラス全体の1割を超え5人目になる。かつて著書を送ってくれていたのに、遠距離だったので連絡をとっていなかった。久しぶりに関西に来て連絡がとれないか探っていたところだった。出会いは大切に、自分にも何かしら役にたてることがあるのかも知れない。


本著では、音楽がタイトルにあるぐらい底流に流れている。「フランツ・リストの『ル・マル・デュ・ペイ』、『巡礼の年』という曲集の第一年、スイスの巻p62」「アフルレート・ブレンデルが端正に演奏する『巡礼の年』p343」など、ぜひ機会があったら聴いてみたい。

{11/5読了、記入は16}