読書録

読書整理用のダイヤリーから移行しました19/1/26土~

ソクラテスはネットの無料に抗議する

ソクラテスはネットの「無料」に抗議する 日経プレミアシリーズ

ソクラテスはネットの「無料」に抗議する 日経プレミアシリーズ

著者はマーケティング評論家の立場から、『無料』がまかりとおっている現状に疑問を抱き、無料とか極度な安売りには継続性を支えることはできないとして、「21世紀のフリー」がいけないかを、ソクラテスの考え方や、行動経済学や心理学などの研究を引用しながら、展開している。ソクラテスがなぜ死罪になったのか、については忘却の彼方にあっただけに、その部分だけでも物語になっていて、興味深いものがあった。


ただ、書き言葉が知性を衰えさせるという骨格の論旨自体が、最後に肉体によるメッセージがあったとはいえ、書籍や研究論文などいずれも文字によって継承、発展してきたことを思うと、根本的なところで違和感を覚えてしまったところもあった。


この読書録のリスクのところでも引用したダニエル・カールマンの研究成果や、コップの水の認知によるゆがみなど、合理的な人間をモデルにした経済学から、より実証的な研究が進んでいることは改めて感じたが、本著で紹介されている、マルチタスクが難しいことや、メールを受けると仕事の効率が落ちることなど、いまの仕事のやり方にも生かさないといけないという教訓も得ることができた。


各章のそれぞれ紹介されている内容は、きわめて面白く、読ませていただける。ただ、いまのネット社会とフリーの部分を、ソクラテスの考え方をベースに疑問を投げかけるというタイトル通りの論旨がすっと入ってくるかどうかというと、人によって異なると思う。


情報を求めるとドーパミンが出るのは、食べ物や繁殖など本能の延長線上にあるという内容についても、確かにそういう面もあるだろうと思いつつ、自己承認や自己実現など、さまざまな価値の実現を求めるようになった中で、むしろ、ウィキペディアに協力している方々の調査結果にある、公共目的への貢献、人の役にたつこと、という善の部分の方が、明るい希望のような気もした。


どんどんICTが進化して、人間はどう向き合っていくのか。顔認識や会話でのコミュニケーションがとても大切、という認識はあるものの、ICTを活用しながらどんなことができるのか、さらに考えていきたいと思う。


(目次ー引用)
はじめに;
◇新しいメディアが次世代に与える影響を考えるとき、研究者が引き合いに出すのはソクラテスの「書き言葉は若者の知性を衰えさせる」という考え方p5

第1章  文字が人間の頭を悪くする;
p19:ソクラテス「書き言葉が話し言葉にとって代われば、若者たちの頭が悪くなる」 
p31:2500年たっても解けない「法廷のパラドックス」→最初の裁判で勝ったら授業料を払う、負けたら払わない、で授業料を払えという訴え。 
p46:(識字率が上がると他人の顔をわすれやすくなり)デジタル時代には顔の認識率はもっと低下する


第2章 ソクラテスが「無料」に抗議する理由;
p51:「無料」が嫌いだった古代ギリシア人:無料でモノやサービスを提供するという考え方はなかった 
p52:古代から現代につづく「贈与の法則」:マルセル・モースの『贈与論』(1925)はレヴィ=ストロースにも影響を与える:贈りものをもらったら、それなりのモノやサービスで返礼するのが社会の常識
p58:人間の本能的性向は「恩返し」よりも「仕返し」→レシプロシティ(Reciprocity)相互関係→交換
p65:モース:贈りものは、1与える義務があるし、2それを受ける義務があるし、3お返しをする義務がある


第3章  21世紀と20世紀の「フリー」は本当に違うか;
p86:ネット上での「無料」のウソ:フリーは大きく3つ→
1.無料の消費やサービスが有料のサービスや商品によってカバーされる
2.真に誰にでも無料(ウィキなど)
3.三者間市場(広告) 
p99:神様に10分の1を捧げる「算数」は世界に共通 
p102:アドミニストレータを対象にした調査で、ボランティアの動機は、
1.新しいことを学ぶことへの欲求が満たされる、2.公共的かつ文化的な価値創造への喜びや満足感、3.共同体への貢献
p104:人間の脳は、他人と協力して何かを達成すると喜びを感じるようにつくられています。


第4章 フェイスブックは贈与の法則を破ったのか;
p112:「無料サービスは使うが、個人データは提供しない」の論理矛盾 
p135:マオリ族のハウ(霊)と「お返しの義務」の関係:人が所有していたモノに霊的な力ある 
p140:呪われた宝石、戦国時代の名茶器、そして上司のご馳走←モノをもらいっぱなしにできない影響力 


第5章 人間はなぜ言葉にだまされるのか;
p159:理性の発達は真実の発見のためではなく、議論に勝つため←仏認知社会学者ヒューゴ・メルシエ
p163:認知バイアスのせいで、だまし、だまされる←ダニエル・カールマンとエイモス・トヴェルスキー
『不確実性下の判断:ヒューリスティクスとバイアス』(1974)→行動経済学 
p165:「自分だけは大丈夫」と思う楽観主義バイアス 
p173:ヒューリスティクス=簡単かつ迅速に意思決定できる便利な法則
p176:損益回避性:『プロスペクト理論;リスク下の決定』(1979)損失よりも利益を大きく考える
p181:『決定のフレーミングと選択の心理』(1981):考え方の枠組みを変えることで判断や選択に影響 
→ガラスコップの水の「まだ半分ある」を「もう半分しかない」に変える方法 
p184:感情の時代に理性を、理性の時代に感情を:行動経済学進化心理学、進化生物学が証明
→マット・リドレー『繁栄』;交換によって分業化と専門化が進み、知識やノウハウが蓄積された結果


第6章 人間はデジタル社会に、デジタル社会は人間に適応できるのか;
p190:(マルチタスクツイッターとテレビの相性が良く、見ているテレビ番組についてツイッターでつぶやきあうことで、番組を楽しむ風潮が見られるます。 
p192:1つの作業を一気に片付けないと、1.5倍の時間がかかる:集中力を必要とする作業をメールや電話で中断されると、戻るには20分ぐらいかかるという調査結果も。 
p196:電話番号の数字を3つに区切る必然性←米心理学者ジョージ・ミラー『マジカルナンバー7±2』記憶限界 
p203:脳は「新しい情報」の誘惑に抵抗できない←報酬系という神経経路で食べ物やセックスといった生存や繁殖に必要なご褒美を得ているとき、できるかもしれないと考えることでドーパミンが放出され、興奮状態に。そのためには情報が役立ち、情報自体が認知的報酬となる。 
p206:仕事中のメールはドラッグよりも2倍もIQを下げる←ノルアドレナリンで警戒状態のストレスホルモン 
p208:メディアが脳に適応するのか、脳がメディアに適応するのか?←視覚と聴覚だけに訴えるメディア 
p211:ソクラテスが選んだメディア←自分の肉体を滅ぼすことで究極のメッセージ

{5/1-11読了、記入は同日}