読書録

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日本人へ 国家と歴史篇

日本人へ 国家と歴史篇 (文春新書)

日本人へ 国家と歴史篇 (文春新書)

著者の歴史から学ぶ現実主義的な考え方は、いつも一貫しているように思う。この新書は、文藝春秋の2006年10月から今年4月分までに初出の文章で、安倍総理への期待感なども書かれてはいたが、今の民主政権と外交の混迷に対して、どんな発言をするだろうか?小沢前民主党幹事長にあてた政権交代前の文章で、「選挙で多く支持された大政党が、ひとにぎりの票しか得なかった小政党に引きずられるという、有権者の意向の反映しない政治に向かってしまうことになる」(p189)として、自民との大連立を呼びかけ、イタリアの例も紹介しながら、政治の安定を強く訴えていたのだが、政治状況の厳しさは今も続いている。

また、エッセイとして様々な話題が出てくる中で、これは自分もやっている、と、ちょっと親近感を覚えたのが、高校の世界史の教科書は保存しておく(p40)、賞味期限の切れた食品でも食べる(p102)ことなどがあった。さらにローマが「街道」と「水道」の二大インフラをソフトパワーとして活用したことを例に、日本も耐震やハイテク技術などを外交に活用するよう提言すること(p217)や、事業仕分けで露呈したのは、優秀だと見られていた日本の官僚に説得能力が欠如していたこと(p236))は、なるほどなあ、と思った。

一方で、安ければよいという風潮に対し、「価格破壊の先に待つ文明の破壊になる」(p236)という主張には、先行きが明るくない中で、ついつい安いものを求めがちな今の生活をどうすべきか、なかなか行動原理は変え難い。

本著で印象に残ったフレーズより下記。
p107:それにしても、人間誰しもが「求めない」になってしまっては、歴史などは存在しなくなる。歴史とは、何であろうと求めてやまない、心が狭く、恐怖に駆られやすく人間関係も上手くいかず、落ちついて待つことさえも不得手な、哀れであっても人間的ではある人々の、人間模様に過ぎないのだから。

p162:下部構造が上部構造を決定する、などとは絶対に思わなくなった。それどころか、誰が言ったのかは忘れたが、魚は頭から腐る、のほうに賛成だ。歴史上の国家や民族の衰亡も、指導層が腐った結果で、

p221:私は、日本がしたのは侵略戦争であったとか、いやあれは侵略戦争ではなかったとかいう論争は不毛と思う。はっきりしているのは日本が敗れたという一事で、負けたから侵略戦争になってしまったのだった。・・(8月15日に)論じられるのはただ一つ。どうやれば日本は、二度と負け戦さをしないで済むか、である。

p254:今「密約」問題を取りあげてトクをすることがあるとすれば、政府も野党もマスメディアも国民も、全員が現実を直視する必要に目覚めることだろう。北方四島がいまだに返還されないのも、密約づくりができなかったから、であるかもしれないのだから。

{11/7記入}