モネのあしあと 幻冬舎文庫は-25-4 原田 マハ/著

サイトより)マネ、ドガ、ルノワール。誰もが知る“印象派”だが、モネの「印象—日の出」が「印象のままに描いた落書き」と酷評されたのがはじまり。全く新しい画法で美術界に旋風を巻き起こしたモネ。その波乱に満ちた人生を、アート小説の旗手が解説する。
内容メモ
p14:私のモネ体験は、大野一雄との出会い(※一夜限り美術館の本物の睡蓮画の前で踊る)から始まりました。
(p110:連作小説を書くきっかけ)2010年9月ジヴェルニーの食卓』でモネと家族、(←p74:モネとロダン1889二人展、大睡蓮画の楕円形の部屋は最初オランジェリーではなくロダン美術館の庭に設置したいとクレマンソーに申入れていたほどロダン好き)最初に書きたかったのはマティスとピカソで『うつくしい墓』、文芸誌での連載が始まる
p144:(花は咲いている-あとがきにかえて)世界が完全に閉じてしまったいま、この瞬間、それでもモネの睡蓮は花を咲かせている。そして、決して閉じることはない。その事実に私は胸打たれた。どうしたって起きてしまう人生の不幸、避けられない災厄、世界を覆い尽くす不穏。それらに抗って睡蓮は花開いている。クロード・モネは、自然の摂理にままならぬ人の営みを重ね合わせて、大丈夫、いずれ花は開くのだからーと諭してくれているのではないか。早期が付いて、私の心に希望の灯火がともったのだ。
『オランピア』p45
『ラ・ジャポネーズ』p62:妻のカミーユに着物
{2024/5/17金~24金:読了、、記入は2025/05/02金-25}